Philosophy
看護のこころ
こころよさは癒しの始まり、生きる力 医師は病気をなおし、看護は病人を癒す。
両者あいまって治療への望みを達したい。
看護は手と目で人々を護る。
医師のように薬やメスやX線を使わない。
癒しの看護は湯、水、砂、石、葉、木、食物やオイルなどを使い罨法を実施する。
人々の寝姿をながめて姿勢の歪み具合から、保健指導の具体的な内容を思いつき、
人々が食物や睡眠や排泄や呼吸を整えるきっかけをつくる。
手は癒しの最良の方法だ。
手を当てると暖かく、手で揺らすと心が休まる。
手を当てると病めるところが良くわかる。
わかると同時に手が当たっているところから病める辛さが消えていく。
看護では、病む人々のつらさを知ると同時に癒すことになるから「診断即治療」の面が大きい。
体に手を当て、体温を知ることで冷えと寒がりとのぼせの区別ができて、
冷えに由来する切迫流早産や乳児のトラブルを予想して
病気を予防へとつなげられる。
手で覚え、学ぶ看護は見る目の確かさや手慣れた指使いなどの技を要する。
一人より二人目の方が、一年目より2年目の方が熟練していく。
熟練は喜びだ。
もっと上手にと欲がでる。
これでいいというときに、人生は終了を迎えるだろう。
こころよさを共に感じあえる手当てをしよう。
癒しのまなざしは私たちの心の中にあるのだ。
つらいことはさけよう。
こころよい日々が過ぎていくように看護をしよう。
こころよさの感性は、既成理論とはなじまないことも多い。
既成の理論を修正するための歩の一歩が、手と目で護り、
癒す技術の中にあるのだ。
臨床知はするどい感性の集約である。
癒しのこころよい感覚を人々と共に共感しあおう。
自然に良くなろうとする体の中の感覚が今甦る時、
そこに私たちの手と目と、そして身の回りの自然な素材が役割を果たすのだ。
あらゆる動物は知恵に生きている。
知恵は生命を感じとる根源である。
|